July 7, 2011 | 11:47
 ホモ・ファベル(つくる人)という言葉があり、他方に、ホモ・ルーデンス(遊ぶ人)という言葉がある。どちらも、人間をその生活のいとなみから本源的にとらえようとする概念。
 美術という言葉は、近代が生み出した言説上の制度であるとして、ちかごろめっぽう冷遇されているが、それをラテン語の「アルス」——物をつくるいとなみとその術ーーをもふくみこむ地平へと送り返してみるならば、ホモ・ファベルとホモ・ルーデンスの手を携えての恊働の、いやその交錯のふとした隙間から、蜜のようなものとして溢れだし、未知の世界(けれども可能体としてどこかで知ってもいたような世界)への道をひらくものではないのかと。しかし、そういった意味での美術について私たちが知りえることは、つねに断片でしかない。美術には中心はなく全体もない。その秘密に近づきえるのは、つねに、断片から断片への飛び石づたいの飛躍を通じてでしかない。
林道郎